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中・南部コース 世界遺産と沖縄の歴史ルート

■識名園

  識名園 1799年に創建された識名園は、琉球王家の別荘として造られ、冊封使(さっぽうし)と呼ばれる中国からの使者の接待にも利用されていました。中国や日本の影響を受けた琉球独特の情緒漂う園内は、池の周囲を歩きながら景色の移り変わりを楽しめる廻遊式庭園となっています。「心」という字を崩した形の池を中心に、中国風の東屋である六角堂や、琉球石灰岩でできた大小のアーチ橋が配されています。2000年には国の特別名勝と世界遺産に登録されました。  
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■首里城公園

  守礼門 創建年代は不明ですが、第一尚氏による三山統一後に王城として確立されたとの記録があります。第二尚氏の尚真(しょうしん)王らによって拡張、整備されました。城外には守礼門など2門あり、琉球石灰岩の切石を積み上げた城壁には歓会門や瑞泉門、白銀門などの城門が設けられました。内郭には百浦添御殿(ももうらそえうどぅん)とよばれる正殿と、その前面左右に南殿、北殿が相対して建てられています。沖縄戦で焼失しましたが、一部が復元整備され、1992年「首里城公園」として開園しました。
2000年12月に「琉球王国のグスク及び関連遺産群」として世界遺産に登録されました。

2019年10月の火災で正殿他を再び消失し、現在は、守礼門や園比屋武御嶽石門(そのひゃんうたきいしもん)が見学可能となっています。

美しかった正殿などの早期の復元を願っています。
 
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■中城城跡

  中城城跡 中城湾に面した高台にある、6つの郭から成る連郭式の山城です。1440年護佐丸(ごさまる)が座喜味城主(ざきみじょうしゅ)から中城城(なかぐすくじょう)に移り住み、周辺の城壁を増築したといわれています。城壁がよく残されていて、一部に野面積みもありますが、城壁の大部分が琉球石灰岩の切石積みで作られています。布積みを主体とする郭と、あいかた積みを主体とする郭があり、築城年代が異なるのではないかという見方もあります。1458年、護佐丸は勝連城主(かつれんじょうしゅ)の阿麻和利(あまわり)に滅ぼされました。

2000年12月に「琉球王国のグスク及び関連遺産群」として世界遺産に登録されました。
 
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■座喜味城跡

  座喜味城は、琉球王国が、日本、中国、東南アジア諸国との交易を通して繁栄した十五世紀初頭、
 築城の名人と言われた読谷山按司護佐丸によって築かれたと言われています。標高120m余の丘陵地に立地しており、最も高いところからは読谷村のほぼ全域を眺望することが出来ます。二つの郭で構成される城壁にはアーチの石門が造られ、重厚で美しい曲線を生かした芸能やイベントが催されるなど、「天然の劇場」として活用されています。